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2008年2月

自分にあきれています。

 自分に言い聞かせるためのメモです。

○今、書いている小説たち。
 1.「永遠の夏」現代ファンタジー(中編)
   完成度60%
 2.「夢の向こう(仮)」現代(短編)
   完成度50%転じて0%
 「永遠の夏」は、ようやく終わりまでの道筋が見えた感じ。
 でも、その展開にいまひとつ筆が進まず、思い悩んでいるところです。書いていて楽しくないところって、読んでいても楽しくないと思うのですよね。
 「夢の向こう(仮)」は、あまりのベタさとくだらなさに自分であきれてしまいました。とりあえずボツ。構想し直してみます。わたしの大好きなボクシングが出てくる物語で、そこそこ楽しく書けていただけに残念。

○アイデア段階の小説。
 1.「エンデルノウスに降る雪(仮)」
 異世界ファンタジー。短編連作。全10話の予定。 
 地味なファンタジーになりそうです。各話のタイトルもおおよそ決定。今はまだ構想段階ですが、早く書きたくてウズウズしています。短編連作って、ずっと書いてみたかったんですよね。
 ちなみに各話タイトルは、「死せる魔術師」、「栄光の人」、「脱出」、「二人の色男」、「交流」、「わたしの愛した女」、「再会」、「落日」、「エンデルノウスの戦士」、「雪の夜」のとおり。
 でも、先に「永遠の夏」を完成させなくては……。

○ちょっと保留の作品たち。
 1.「ゲーマーズ」異世界ファンタジー(長編)
   完成度30% 
 2.「ワンダラーズ」SF(中編~長編)
   完成度30%
 「ゲーマーズ」と「ワンダラーズ」の「なんだかーずシリーズ?」は、書いていてとても疲れる作品たちです。わたしには複雑すぎる物語なのかも。ただ、時間をかけてでも完成させたい作品なので、がんばります。

○しばらく保留の作品たち。
 1.「白雪姫」異世界ファンタジー(長編)
   未練たらしくサイトにおいてます。いつかは完成させたいのですが。
 2.「三人の魔女」SF(長編)
   構想が古すぎて、もはや無理。楽しそうなんだけどな。
 3.「いちご王国へようこそ」現代ファンタジー(中編)
   実は「ゲーマーズ」と同じ舞台。ゲーマーズを書いていると、こっちも書きたくなる。
 4.「夜に微笑む」現代(中編)
   なぜ、これを書ききれないのか、自分でもわからないでいる。
 5.「屋根の上の幽霊」現代ファンタジー(短編~中編)
   何度も書いてはボツになっている。

 ちなみに、上記の作品を構想の早かった順に並べると、「三人の魔女」が16年前くらい(おい)、「夜に微笑む」が7年前くらい、「白雪姫」が6年前くらい、「永遠の夏」と「いちご王国へようこそ」が5年前くらい、「屋根の上の幽霊」が3年前くらい、「ワンダラーズ」が2年前くらい、「ゲーマーズ」が1年前くらい、「夢の向こう」が3か月前くらい、「エンデルノウスに降る雪(仮)」が1週間前くらいということになります。

 長編のネタが多いことに愕然。全部完成させるのに、あと何年かかるのだろうか。って、絶対に無理です。書けないな、間違いなく。
  

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AOS様作「最後の希望」感想

タイトル:最後の希望
作品リンク:http://www.tiara.cc/~bono/novel-s21.htm
作者:AOS
サイト:The forgotten place
サイトリンク:http://www.tiara.cc/~bono/index.htm

 6枚程度の短編とか。過激な表現有りとの注意つき。
 上手な作者様であり、この作者様の作品の中には、わたしの非常に好きな作品もある。ただ、本作は苦手だ。そのことについて「どうしてか」と問われても、いかにも幼稚な答えしか思いつかない。したがって、わたしがこの作品を苦手だとしても、それは嗜好の問題であって、本作の責任ではないのかも知れない。そう迷いながら、この感想を書いている。
 本作は喜劇なのだと思う。そしてこの手の題材でユーモアを表現するのであれば、作品に説得力をもたせる工夫が欲しいところである。特別なことでなくてもいい。例えば冷徹なリアリズムと鏡のように磨かれたテキストにおいてそれを実現した例もある。狂気と死と孤独を、しっかりと書ききって欲しい。本作の突き放した文体は結末の皮肉さを浮きださせてはいるが、それだけでは足りない。
 本作が出来の悪い作品だとは思わない。それでもやはり、わたしの好みではない。申し訳ない気もするが、わたしの「お気に入り」という基準では、星ひとつだ。他の方の感想も聞いてみたい作品である。
 なお、細かなことであるが、「やっとの思いで」の一語が全体の統一感を乱しているようで違和感を感じた。

お気に入り度:★☆☆☆☆(1/5)

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皐月瑩華様作「さよならの代わりに」

タイトル:さよならの代わりに
作品リンク:http://eika.yu-nagi.com/ss/bye.html
作者:皐月瑩華
サイト:Elegant Melody
サイトリンク:http://eika.yu-nagi.com/index.html

 ごく短い短編。若い恋が切なく綴られている。
 情景の切り抜き方に作者のセンスを感じる。時と場所の一致の原則が守られている一幕一場劇のようなものか。ただ、作品の長さからしてやむを得ないのだが、少しだけものたりなさを感じる。作者様は意図的にそうされたようにも思えるのだが、作品に厚みをもたせるはずの周辺の出来事が記号化されており、生々しさや迫力に欠けるのがその一因ではなかろうか。
 作中の“「  」”の意図は正直分からないが、妙に心惹かれる空間だ。その空白をじっとみつめて、一体何が書かれたのかと、楽しく思いに耽させてもらった。
 
お気に入り度:★★★☆☆(3/5)

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子どものための物語

 子どものための物語というものは、難しい。
 わたしたちはだれだって、子どものころには、人生の重みを引きずらないで生きていた。人生の幸福のもっとも良い分け前を、まずは受け取っていたのだ。それなのに、大人たちは、この幸福で豊かな子どもの時間を、いつだって踏みにじり、圧迫しようとしてきた。自由な想像力の頭をうちつけ、窮屈な型にはめ、自分たちはといえば、なにかというと頭の良いふりをして、物事の本質をごまかしてばかりであった。
 そんな大人たちが、子どもたちのためにどんな物語を書けるというのか。大人たちの世界は複雑すぎる。問題が多すぎる。生命力が希薄すぎる。そんな世界から生まれた、一体どんな物語に、子どものための物語を名乗る資格があるというのだろうか。
 お説教なら論外。遊びということの力強さを忘れていては魅力がない。知識や教養が世の中ではなによりも役に立つだなんて、そんなまやかしも必要ない。なぜって、子どもたちは物事の本質に迫りたいのだ。直感やひらめきにこそ興奮するのだ。そしてなによりも、子どもであることを楽しんでいたいのだ。
 だからこそ、子どものための本には、簡素な美しさが必要だ。小難しい理屈ではなく、直接その心に働きかけ、ひき起こされた魂のときめきが一生続くような、力強さが必要なのだ。
 ああ、それは要するに、芸術の本質ということで、そんな物語を書こうとすれば難しいのも当然なのか。

 わたしは、子どものための物語を書いてみたいのである。

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あのころは。

子どものころ、一生使おうと思っていたグローブは、どこへいってしまったのだろうか。

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皐月瑩華様作「溺れる夢」感想

タイトル:溺れる夢
作品リンク:http://eika.yu-nagi.com/ss/drown.html
作者:皐月瑩華
サイト:Elegant Melody
サイトリンク:http://eika.yu-nagi.com/index.html

 息のつまる切ない片思いを綴った短編。
 一読して困惑するも、続けて「君を泳ぐ魚」を読むことで全体が把握できた。本作の物語は「君を泳ぐ魚」との対比の中に存在しているのだ。
 仕掛けは面白いが、単品で楽しめる内容でないのが残念。また、物語の結び方に不満が残る。恐らくは最後の描写が冗長すぎるのであろう。 

 (参考)
  タイトル:君を泳ぐ魚
  作品リンク:http://eika.yu-nagi.com/ss/swim.html
 
お気に入り度:★★☆☆☆(2/5)

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旋律様作「ひなたぼっこ」感想

タイトル:ひなたぼっこ
作品リンク:http://2.csx.jp/users/pylz/tannn2.html
作者:槙皇旋律
サイト:くろにくる・ろまん
サイトリンク:http://2.csx.jp/users/pylz/

 これもまた、原稿用紙2枚程度の非常に短い作品。
 この枚数で上手く落とされている話だと思う。その、落としどころが妙にはぐらされた感じで楽しい。短い短編だからこその味だろう。好きな作品だ。
 ただ、誤字などの形式的なアラが目立っており残念。
 
お気に入り度:★★★★☆(4/5)

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藍咲万寿様作「切り捨て挽歌」感想

タイトル:切り捨て挽歌
作品リンク:http://everyfortune.web.fc2.com/text/ss/30_kiri.html
作者:藍咲万寿
サイト:藍咲旅館
サイトリンク:http://everyfortune.web.fc2.com/

 原稿用紙5枚程度の短編。
 30分かからずに書かれたとか。短い作品とはいえ、着想から完成まで、それだけの時間で書くことができるのは凄いことだと思う。切り取られた瞬間にはそれなりの迫力がある。舞台には物語の予感が満ちている。しかしながら、登場人物に精彩がない。物語の筋を語るための存在に純化されているせいだろうか、まるで道化の芝居を見ているような空々しさがある。
 二人の対立は面白い題材だと思う。単純な構図ながら考えさせられるものがあった。

お気に入り度:★★☆☆☆(2/5)

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旋律様作「あれにするわ」感想

タイトル:あれにするわ
作品リンク:http://2.csx.jp/users/pylz/tannn1.html
作者:槙皇旋律
サイト:くろにくる・ろまん
サイトリンク:http://2.csx.jp/users/pylz/

 原稿用紙2枚程度の非常に短い作品。
 旋律さまの作品にはなにかがある。確かな迫力を感じるなにか。一読して目の前に広がるその独特の世界には魅了されずにはいられない。
 語り手の欲と愚かさと耽美に濁った独白は、荒々しく、不作法で、活力に満ちている。その生命力が物語を脈動させる。物語は昏黒の際で滑稽味を帯びている。
 最後の一行に、突然のエピファニーがある。あるいは冷徹なシニカルなのかもしれないが。
 
お気に入り度:★★★★★(5/5)

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中原まなみ様作「しょこら」感想

タイトル:しょこら
作品リンク:http://manami.itigo.jp/novel/route/chocolate.htm
作者:中原まなみ
サイト:ふぁんたじ~ぽけっと
サイトリンク:http://manami.itigo.jp/

 短編。原稿用紙10枚程度とか。
 中原様の作品はテンポがいい。軽妙な会話のやりとりは楽しく、また、語り手の叙述と自由間接話法による心理描写とを混在させる手法によって、地の文の介在によっても、作品全体の速度が損なわれることがない。それどころか、かえって全体の調子を支えるアクセントとなっている感すらある。ただし、その緩まぬ速度故に、少々読みにくさを感じることがあるのは、わたしが年寄りなせいであろうか。観念的な記述に終始して恐縮ではあるが、「速さ」と「軽さ」は小説の要素として重要なものである。だが、そうでないこともまた、当然に重要な要素であると思うのだ。
 物語は可愛らしく、ほのぼのとしている。  

お気に入り度:★★☆☆☆(2/5)

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偉大な小説家とは

「偉大な小説家とは、なによりも民族的なのだ。
 自身の民族性が強烈であってはじめて、国際的になれるのである」

 こう語ったのはジョイスであるが、彼自身、だれよりもアイルランド人であった。真に普遍的なものは、時代と場所とのつながりを持たずにはいられない。そういうことであろう。偉大な作家たちを思い浮かべるとき、ジョイスの言葉の重みを感じる。

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自作「小さなアリ大きなわたし」感想? 

タイトル:小さなアリ大きなわたし 
作品リンク:http://homepage3.nifty.com/oresamas_room/html/short/antandi.htm
作者:うひょ
サイト:UN ART-FICIAL STORIES  アイノナイ ワケジャナイ モノガタリタチ
サイトリンク:http://homepage3.nifty.com/oresamas_room/

 短編。原稿用紙12枚程度。
 臆面もなく自分の作品を持ち出したのは、「人の作品に難癖ばかりつけやがって。じゃあ、お前の書いたもんはどうなんだよ」との声が聞こえたのが理由(被害妄想)。茶番をご容赦願いたい。
 全体的に単調である。物語に起伏をつけるはずの「わたし」の「目線の変化」に活力がない。また、物語の主要な部分が登場人物の「語り」に強く依存しており、展開を平坦なものにしている。文体は説明に依りがちで、十分に感触を伝えているか疑問。工夫の余地があるだろう。
 全面的な改稿が望まれる。

お気に入り度:★★☆☆☆(2/5)

(注)
 掲載直後は「★★★☆☆(3/5)」程度の感触だったが、時間がたつにつれ不満点が目立ってきた。今後ますます不満は募るであろう。まあ、この傾向は自作のどの作品についても当てはまる。悪いくせではあるが、我慢の限界に達したときに改稿することになるだろう。

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難しい

 いくら書いても上手くならない。
 小説の文章というものは、なんとも厄介なものだ。

 仕事柄、市販の本に文章を書いて原稿料をもらってもいる。印税契約でもなく、ましてや原稿料自体、それだけで暮らせるというものではないが、それなりの額だ。
 出版社がお金を出すのは、わたしの知識に対してであったり、わたしの社会的な立場に対してであったりするのであろうから、こんなことを気にする必要もないのだが、そうして書いた原稿の大半は、ひどく簡単に書かれたものである。たかが、数千文字、A4数枚の原稿。2,3時間で書くことができる。資料集めの時間を入れても、1日から2日。それで、数万円の原稿料が入るのだ。中には、監修に名前を出すだけで(これには個人の名前は出ていないが)、驚くような金額の監修料が入ることもある。
 ああ、こんにも簡単に、文筆でお金を稼げるのか。
 そんな錯覚を抱くほどに、それはあっけない。

 一度小説でも、原稿をお金にする機会はあった。
 それは、もっぱらわたしの仕事の都合で流れてしまったのだが、仮に条件が揃っていたとしても、先にある困難は大きかったであろう。
 元々、プロの小説家を目指すつもりもなく、その才能もないことは分かっている。
 ただ、趣味として書き続けているのだが、それでも思うのは、小説は本当に難しいということだ。

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作用反作用

物事には、作用反作用のようなものがあって、
触れたなら触れられていて、見つめれば見つめられていて、
殴ればその手が痛んで、微笑めば世界も微笑む。
こんなことを、たまに忘れそうになる。

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無題

すべての言葉を花束にしたい

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ねこK・T様作「風に重ねる日」感想

タイトル:風に重ねる日
作品リンク:http://transparent.raindrop.jp/100title/valentines-day.html
作者:ねこK・T
サイト:TRANSPARENT HEART
サイトリンク:http://transparent.raindrop.jp/index.html

 短編。原稿用紙7枚程度とか。
 ねこK・T様は、透明感のある描写に魅力のある方だが、本作品もその魅力がいかんなく発揮されている。なにげない出来事に詩情を与える筆致に感心。ただ、その描写が少々重い感じがする。文章に誘われて、まさに飛躍しようとする読者の心を、同時にその文章が繋ぎ止めてしまう。描写の「重さ」は、それ自体がひとつの要素であり長所ではあるが、同様に「軽さ」ということもまた無視できない要素である。
 もっとも、作品を評して「軽さ」なんてことをいいだす人間はそう多くなく、それにこだわること自体がわたしの勘違いなのかもしれない。

お気に入り度:★★★☆☆(3/5)

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ねこK・T様作「二人の船乗りの話」感想

タイトル:二人の船乗りの話
作品リンク:http://transparent.raindrop.jp/100title/ship.html
作者:ねこK・T
サイト:TRANSPARENT HEART
サイトリンク:http://transparent.raindrop.jp/index.html

 短編。原稿用紙4枚程度とか。
 なんとも、やるせないお話し。とりとめないことを思い出しながら、「ああ、こういことなのかもなあ」などと感慨に耽ってしまう。それは思いがけずも鋭い小骨であったようで、飲み込んだあとに、時に触れチクチクと痛む。
 本作のメッセージ性に不満はないのだが、一方で、その構造にはある種のもどかしさを感じる。
 フィクションが一個の独立した世界であり、自己充足したものであるためには、読者がそのテキストを読みすすめるときに、「自分はいま、だれかが書いたものを読んでいる」のだと意識させず、小説自体に備わる内的必然性にしたがって、目の前でどんどん物語(テキスト)が自己増殖していくように錯覚させる必要がある。しかしながら、本作ではその試みが放棄されているように思えるのだ。もちろん、方法論としては、本作のような書き方は十分にあり得るのであるが、果たしてこれが最善であったろうか。
 本作において、作者の意図したテーマは明確である。物語は舞台を整えるための装置でしかなく、しかるべき状況がそろった時点で、作者がテーマそのものを読者に提示する。その提示の仕方は簡潔で力強いだけに、有無を言わせぬ迫力がある。あるいはそのことが本作の印象を深めているのだろうか。
 わたし自身、明確な答えを持たないだけに、悩ましい。

お気に入り度:★★★★☆(4/5)

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存在が花している

 たしか、井筒先生だったと思うが、こんなことをおっしゃっていた。
『わたしたちは日頃、自分とか他人とか、人間とか犬とか、石とか花とか、ともかく区別することを大切にしている。ただ、なにかの拍子に、ずっと意識を沈めていくと、だんだんとすべての境界があいまいになり、融合していくかのように思える。そうして、その一番底にたどりついたところでは、もはや区別などはなく、すべては「存在」としかいえないような状態になってしまうのだ。
 そのような「存在」が、日頃は、自分とか他人とか、人間とか犬とか、石とか花として、はっきりとわかる形であるということなのだ。だから、「花が存在している」というのは間違いで、正しくは「存在が花している」というべきである。』
 こういう感覚は、とても心地よい。
 例えば道ばたで、思いがけずに鮮やかな一輪の花に出会う。辺りにはだれもおらず、空と大地があって、穏やかな風を感じる。同じ空と、同じ大地と、同じ風。ふと、なぜだが、その花と、もうずっと昔から、根っこでつながっていたような感じがする。
 そんなときには、ためらいもなく、照れもなく、気がつけば花に話しかけている。
「ああ、こんなところで花、やってましたか。わたしはもうずっと人間やってるんですよ」
 などと。

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「小さなアリ大きなわたし」

 昨日、本ブログに掲載した思いつき小説の「六番穴十二郎」を大幅に加筆訂正し、短編「小さなアリ大きなわたし」を書きました。興味のある方はごらんになってみてください。読み比べてみると面白いかもしれません。

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